あさひろむ
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「希望」を胸に  「想い」をカタチに 今を生きよう!    
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カテゴリ:人生の棚卸し( 1 )
遊就館
どこまでも青く澄んだ空を見上げながら大きな鳥居をくぐり、遥か先に神社を護っているかのように立つ大村益次郎像を見る。平日にも関わらず、地方からきた団体客や観光にきた外国人、七五三のお参りにきた着飾った子供を連れた家族が境内にチラホラと見受けられる。僕は、爽やかな空気に包まれた雰囲気とは対照的に受験勉強で息詰まった重い空気を胸に、重い足取りで足をすすめる。心なしか益次郎像が僕を睨みつけているかのような錯覚に陥る。僕は頭を下げ、目を合わせないよう逃げるかのように益次郎像を通り過ぎる。そして速やかに拝殿へ参拝を済ませ遊就館に向かう。
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「受験断念しよう。明日から就活だ。」

あまりの不甲斐無さに情けなく、自分の弱さに嫌気がさして、そう考えた。明日から就活して職にありつけたら、第二新卒の身分だからすぐに働き始めることになるだろう。職探しの最中は多忙を極めるだろうし、そんな精神的余裕も持てないだろう。前々から見学に行こうと思いつつも、お金がもったいないから仕事してから行こうと思ってた遊就館に、受験を諦めて新たな出発へのケジメとしての参拝ついでに行ってみようと思った。


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穴沢利夫 中央大学 福島県出身 昭和20年4月12日生まれ
沖縄周辺洋上にて戦死 満23歳 陸軍大尉

「にっこり笑って出撃した。」(当時、知覧高女学生で出撃を見送った前田笙子さんの日記)
穴沢大尉は白い飛行マフラーの下に婚約者の千恵子さんから贈られたマフラーを締めていた。「神聖な帽子や剣にはなりたくないが、替われるものなら白いマフラーのようにいつも離れない存在になりたい。」穴沢大尉は彼女の一途な思いにこのマフラーを彼女の身替りとして肌身につて出撃した。婚約者への御遺書の中に「今更何を言ふか、と自分でも考へるがちょっぴり慾を言ってみたい」と三つ挙げている。「一、読みたい本」として「万葉」「旬集」「一点鏡」「道程」「故郷」を挙げ、「ニ、観たい画」としてラファエルの「聖母子像」と芳崖の「悲母観音」を挙げ、そして「三、美智子」とある。「会ひ度ひ。話したい。無性に」とあった。

御遺書は最後に「今後は明るく朗らかに。自分も負けずに朗らかに笑って征く」と締めくくられていた。その日、穴沢大尉は、桜を打ち振り見送る前田笙子さんら女学生に軽く手を挙げ、飛び立っていった。

戦後の長い年月、婚約者の千恵子さんの生きる支えになったのは穴沢大尉の日記に記された次の言葉である。

「千恵子よ、幸福であれ。真に他人を愛し得た人間ほど幸福なものはない。」


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この文章を読んだとき、僕は目頭にハンカチを当てていた。弱冠23歳。自分といくばくかも離れていない青年が残した言葉。僕は胸を貫かれた。

果たして自分は、人を愛したことがあるのか。全力で精力を注いだことがあるのか。何かしら人生の格言を胸に刻む経験をしたことがあるのか。

否。

中学卒業以来、自分の限界に挑戦することを辞め、人生の傍観者として生を享受してきた。決して無理せず、自分で自分の限界をつくってきた。高校生活、大学生活、全てがそうだ。そんな自分が嫌で会計士受験を志したけれど、結局今回もそうだ。挑戦しようと思っても、すぐに挫折し逃げてしまう。体が震えるほどの喜びや涙を流すほどの悔しさを感ずる前に妥協してしまう。果たして、それでいいのか。ほんとに後悔はないのか。もう成長はできないのか。

否。

「俺は、できる!」

遊就館を後にするとき、僕を覆っていた冷たく重い空気は取り払われていた。夕日は、澄んだ空を赤く染め、靖国神社の境内に実る銀杏の木々に生命の息吹を注ぐように暖かい陽が差していた。
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by asahirom | 2005-11-05 05:44 | 人生の棚卸し